性同一性障害gidの学生は、多くはないものの、ある程度いるとされています。しかし、社会的に認められにくい存在であり自身の状況を公表できないまま、自分らしくない性格を演じて生活している事が珍しくありません。

その理由としてはやはり、生物学的な性と性に対する自己認識が異なっている事に対する葛藤や、学校などで学ぶ性別に対して、自身のような存在について言及している事が少なく、そのことに対する葛藤などがあり、うまく表現できない事が珍しくないためです。

そのような性同一性障害gidの当事者にとって、教育は非常に重要なものです。学校生活は多感な時期であり、障害を自覚しだした生徒達にとって周囲の支えが今後の人生をよりよく生きていく事ができるかどうかに関わります。その中で、教育者が持つ役割は非常に重要です。

中には教育者の無理解、セクハラとも考えられる行為によって後の人生を壊されたという方もいます。家族以外の存在で頼ることが出来る教員だからこそ、振る舞いや対応は非常に難しく、かつ大切なものとなります。

基本的には個別性を理解し、尊重する関わりが求められます。むしろ、そういった関わりができない教育者のもとであれば離れるべきといえます。自己の存在価値を認めてくれる教員を家族とともに探す事が学生生活を生きていくためには必要だといえるでしょう。